──なぜこれを書いたか。
理由はひとつ。 みんな、自分を責めすぎだ。すでに病的なレベルで。
幸せになれない理由の8割は外側のせい。 なのに人は、残り2割の“自分の責任”だけを抱えて潰れる。
その結果、
- 「私が悪い」
- 「ちゃんとできなかった」
- 「もっと頑張れたはず」
と、自分を殴り続けるループに落ちる。
幸せを邪魔してるのは“外側の8割”
人が「幸せじゃない」と感じるとき、 原因の8割は外側の要因だ。
- 天気(あなたの意思ゼロ)
- タイミング(選べない)
- 他人の機嫌(制御不能)
- 電車の遅延(あなたの責任じゃない)
- シフト変更(会社の都合)
- 体調(半分は環境と運)
- 制度(あなたが作ったわけじゃない)
- 時代(抗えない)
外側の要因を“全部自分の責任”に変換するのは、もはや才能だ。悪い意味で。
ここまで並べて、 それでも“自分の責任”だと言い切るのは無理がある。
それでも人はこう言う。
「いや、でも私が悪いんだよね…」
いや、悪くない。 むしろ、そこまで自分のせいにするのはちょっと異常だ。
自分を責めるのは努力じゃない。ただの依存だ
人が「全部自分のせいだ」と思うとき、 それは “コントロールできる気がする”という錯覚 だ。
- 「私が悪いなら改善できる」
- 「次は頑張ればいい」
- 「努力すれば変わるはず」
自責という“安心感”に依存してるだけだ。
雨も、他人の機嫌も、制度も、時代も、 あなたがどう頑張っても変わらない。
それを自分の責任にしてしまうのは、 “努力すれば何とかなる世界”に逃げてるだけ。
自分を責めてる限り、世界は一切変わらない。 変わってる気がしてるのは、あなたの気分だけだ。
じゃあ、2割の“本当に自分の責任”って何?
答えを先に言う。 あなたの責任は 2割だけ。
その2割とは――
- 明らかに準備不足だった
- 無視した問題が爆発した
- 自分の選択で起きた結果
- やるべきことを放置した
そしてここが重要。
この2割からは逃げるな。
外側の8割は切り捨てていい。 だがこの2割は、あなたの人生を変える“核”だ。
僕が“外側のせい”に救われた日の話
ある日、朝から全部ダメだった。
- コーヒーをこぼす
- 電車が遅れる
- メールがバグる
- タイミング全部ズレる
- 気分も最悪
いつものクセで自責モードに入りかけた。
「ちゃんと準備してなかったからだ…」 「もっと早く起きれば…」
でも途中で気づいた。
「いや、これ全部外側じゃん」
コーヒー以外は、僕がどう頑張っても変えられない。
そこで言い切った。
「今日は運が悪い日。以上」
- ミスを引きずらなくなった
- 他人の機嫌に振り回されなくなった
- 1日の終わりに「まぁこんな日もある」で終われた
- 自分を嫌いにならずに済んだ
今日からできる「外側のせい」習慣
■ ① うまくいかない日は天気のせい 人類が昔から使ってる最強カード。
■ ② タイミングが悪い日は「今日は流れが悪い日」 あなたのせいじゃない。 世界のリズムがズレてるだけ。
■ ③ 運が悪い日は「運の調整日」 今日は“支払い日”。 明日は“回収日”。
■ ④ たまたま起きたことは「たまたま」で終わらせる 意味を探すな。 深掘りするな。
■ ⑤ 自分を責めそうになったら「ほんとに?」と自問 8割は外側だ。 確認してから責めろ。
外側のせいにできない人は、心が壊れていく。
自責は蓄積する。
気づいたら「全部自分のせい」になり、 最後は何も楽しめなくなる。
外側のせいにするのは逃げじゃない。 生き延びるための技術だ。
読者との対話を深める問い
- 「最近うまくいかなかったこと、思い出せますか」
- 「それ、本当にあなたの責任でした?」
- 「友達が同じ状況なら責めますか」
- 「今日の不調、外側のせいにしてみませんか」
答えを先に言ってから問いを投げる。 読者は安心して考えられる。
最後にひとつだけ聞かせてほしい
あなたは今日、どんな“外側のせい”にしますか。
天気でも、運でも、タイミングでもいい。 あなたがラクになるなら、それでいい。
あなたは“ちゃんと”やってる。だが最後に刺す
あなたは“ちゃんと”頑張ってる。 “ちゃんと”向き合ってる。 “ちゃんと”生きてる。
でもな。
それでも自分を責めたいなら、止めない。 ただしその選択を「真面目」や「誠実」だと思うな。 それはただ、自分を守るのが下手なだけだ。
行動を促す締め
もしこの記事が少しでも刺さったなら、 あなたの大切な人にもシェアしてほしい。
「お前のせいじゃないよ」 その一言で救われる人がいる。
そしてまた戻ってきてほしい。 あなたがラクになる言葉を、これからも“ちゃんと”届ける。
当サイトは Cloudsecure により保護されています。
安心してご購読・ご利用いただけます。

コメント