投資歴20年の元金融マンが800万円を溶かした「ナンピン地獄」の深層
成功談の洪水に、違和感を覚えたなら読め
「FIRE達成」「テンバガー量産」「資産1億円突破」——SNSは成功の断片で満ちている。 だが、あなたの現実はどうだ。含み損を抱えた銘柄を「様子見」で棚上げにし、損切りを先延ばしにしていないか?
投資歴20年、元金融機関勤務の個人投資家・yama氏は、800万円を投じて600万円を失った。 その理由は、運でも不運でもない。「理性の崩壊」だ。
今回はその構造を、感傷ではなく事実と論理で解体する。
【事実】なぜ、あの銘柄に800万円が流れ込んだのか
2017年、AIブームの真っ只中。yama氏が注目したのは、東証マザーズ上場のIT企業だった。数字はこうだ。
- PER: 83倍(当時)
- 売上成長率: 前年比+42%
- 営業利益率: -18%(3期連続赤字)
- 営業CF: マイナス継続、資金調達は第三者割当増資に依存
「成長は見えるが、収益化の道筋が見えない」——それが冷静な分析だった。 それでも初回に100万円を購入。決算のたびに株価は下落し、「調整」と解釈して買い増し。 ナンピンを重ね、合計800万円を投入。2020年、債務超過で上場廃止。 手元に残った評価額は約200万円。プロでも、簡単に落ちる穴だ。
【なぜ理屈が吹き飛んだのか】プロでも陥る3つの罠
1. 成功体験が視野を潰す
過去にテーマ株で「2年で10倍」を取った経験がある。 その成功体験が、「今回も戻る」という思い込みを生んだ。
“戻るはずだ”が口癖になった瞬間、分析は祈りに変わる。
2. 損切り=敗北という誤解
損切りルールは「15%下落で売却」。だが、実行されなかった。 「一時的な下落」と都合よく解釈し、ルールは形骸化した。
損切りは、分析の否定ではない。未来の機会を守るためのコストだ。
3. 情報の偏りと確認バイアス
SNSや掲示板でポジティブ情報だけを追い、ネガティブな分析を排除。 自分の仮説と同じ意見を増幅させる「音の良い部屋」に閉じ籠もった。
異論から逃げた瞬間、リスク管理は消える。
【感情の罠】絶望は、静かに進行する
「損切りしなきゃ」と思いながら、指は動かなかった。 アプリを開いては閉じる。その夜、数十回目の“再読み込み”でも、価格は1円も動かなかった。
妻と子が寝静まったリビングで、明かりだけが白々しく自分を照らす。 通知音が鳴るたびに鼓動が跳ね、手汗でスマホが滑る。
逃げたい。でも売れない。
翌朝も売れなかった。仕事に向かう電車で、チャートをスワイプする指先が震えた。 会議の合間、トイレの個室で評価額を確認し、現実から目をそらした。
地獄は、派手な音を立ててやって来ない。静かに、粘り強く、理性の壁を削り続ける。 プロでも、感情に負ける。肩書きは防具にならない。
【どう防ぐか】再発を止める3つの鉄則
1. 損切りは「自動化」する以外にない
- 逆指値を事前に設定し、入力まで完了させてからエントリーせよ。
- 判断の余地がある限り、人は逃げる。意思ではなく、仕組みで縛れ。
行動命令:逆指値を入れろ。入れられないなら、買うな。
2. ナンピンは「設計された戦略」でなければ禁止
- 最大2回まで
- 総投資額は資産の5%以内
- 買い増し価格は事前に定義
- 過去5年のボラティリティから想定ドローダウンを算出し、ルールに反映
惰性のナンピンは思考停止だ。それは投資ではない。“祈り”だ。投資家が祈った時点で、もう負けている。
3. 「納得できる損失」だけを残せ
- 仮説:収益化の時期、CF改善のトリガー、KPIの変化点を明示
- 根拠:財務指標(売上成長率、営業利益率、営業CF、自己資本比率)
- 撤退線:どの指標が崩れたら損切りするか、数値で宣言
行動命令:仮説が書けない銘柄に資金を入れるな。撤退線を書けないなら、最初から触るな。
【実行マニュアル】投資判断を“仕組み化”するための6ステップ
取引前チェック:
- 仮説の書面化:収益化の時期・KPI・撤退線を1枚にまとめる
- 逆指値設定:注文画面で価格入力まで完了させてから執行
- 最大損失額:1銘柄あたり資産の1.5%以内に制限
取引中チェック:
- 情報ソースの分割:企業IR・決算短信・第三者分析・反対意見の4系統で収集
- 更新頻度:決算ごとに仮説文書を改訂、変更履歴を残す
撤退チェック:
- 強制実行:指標が撤退線を割ったら、即日売却。翌日に持ち越すな
- 記録:エントリー理由/撤退理由/想定外事象を、数字で残す
断言:ルールは「実行されたとき」にだけ意味がある。紙の上のルールは、無価値だ。
【読者への対話】お前のルールは、動いているか
- 損切りルール、書いてあるか? 頭の中ではなく、紙に。
- 逆指値、入れているか? 今、その場で。
- 反対意見、読んでいるか? 心地いい情報だけ追っていないか?
命令だ。整えろ。でなければ、次に資産を失うのはお前だ。 感情に負けたくないなら、“意思”に頼るな。“仕組み”を持て。
【成功の定義】資産が増えれば、それでいいのか?
成功とは、単なる“増加額”ではない。 ルールを守り抜いた結果としての増加だ。
仮説とルールが守れた損失だけが、前進になる。 それ以外は浪費だ。区別しろ。
今すぐ、過去の損失を“分類”しろ。 どれが前進で、どれが浪費だったか。そこから逃げるな。
明日も投資を続けるなら、今日中に仕組みを作れ。 でなければ、また溶かす。
【信頼の条件】失敗を語れない投資家に、預けるものはない
yama氏は、今も投資を続けている。だが、スタイルは変えた。
- すべての取引に「事前ルール」を設定
- 定量分析と定性分析を分け、評価軸を可視化
- SNSの情報は“参考程度”に限定し、反対意見を必ず当てる
そして、自分の失敗も公開する。
誰かの判断材料になるなら、それだけで価値がある。だから公開する。それだけだ。
失敗を語れる人間だけが、信頼される。 それが、金融の現実だ。 そして、それを直視できた者だけが、次に進める。
【行動命令】今、やれ。後悔は先延ばしでは消えない
- 逆指値を入れろ。入れられないなら、買うな。
- 撤退線を数値で決めろ。壊れたら、その場で売れ。
- 仮説を一枚に書け。書けないなら、触るな。
- 反対意見を読め。心地よさに溺れるな。
最後にひとこと。 “ちゃんと”やるとは、気持ちを込めることじゃない。数字と手順で、逃げ道を消すことだ。
今日、仕組みを作れ。 明日、後悔を減らせ。 今、動け。

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